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ヒッチハイクでじゃんけんに勝った結果・・・

 

\ こんばんは!仲人士の中平です /

寒いですね~!梅が咲いたから一瞬春かと思って油断しちゃったけど、まだまだ冬でしたね。バス乗った瞬間、眼鏡が曇って何も見えなくなりました。

さてさて、今日は「馴れ初め」の話です。
仲人の仕事をしていていつも思うのは、ひとの出会いは「奇跡的」かつ「必然的」ってこと。
そこに立ち会えるなんてホント幸せな仕事です。

私の両親の馴れ初めを話すといつも「えー、嘘だぁ」と信じてもらえないんですよ。

それはいまから40年以上前の話。
私の母はまだ20代前半で都庁に勤めながらも毎日が退屈で、一刻も早く家を出たいと思いながら過ごしていました。
当時、女性が家を出るとしたら「結婚」するのが一般的でしたが、母は思い立って公務員を辞め、海外へ放浪の旅に出ました。
船でヨーロッパへ向かう予定でしたが、予定が1週間ずれ込み、遅れて乗った船でたまたま出会ったのが将来夫となる私の父でした。
父は京都の大学を休学しヨーロッパへ旅立つ学生でした。父は父で予定が逆に1週間早まって、母と同じ船に乗ることになりました。

当時、日本人が海外へ出ることは珍しかった時代です。
船は男女別室でした。父は同室の男性と仲良くなり3人組になりました。母は母で同室の女性と3人組になりました。
その男女のうち1組がたまたま夫婦だったため、船旅の間6人は自然と一緒に過ごすようになりました。

ヨーロッパへ着き、夫婦は予定の旅先へ向かいました。
残る4人のうち、女性1人も約束があり別れました。残ったのは男性2人と母1人です。
3人はヒッチハイクの旅に出て、しばらく共に過ごしました。


ある日、ヒッチハイクでフォルクスワーゲンが1台停まってくれました。ただし、小さな車には2人しか乗れません。
レディーファーストで母は乗せてもらえることに。男性2人はどちらか1人しか乗れません。
そこで、2人はじゃんけんをして、じゃんけんに勝った父が車に乗りました。

それから、母と父の旅がスタートし、紆余曲折ありながらも結婚することになりました。

もし、あのとき、父がじゃんけんに勝っていなかったら。
もし、あのとき、2人が違う船だったら。

いま、父と母の間に私が生まれ、私は4人の子供を産みました。
何かひとつタイミングがずれていたら、私もいなかったし、4人の子供もこの世にいなかったんです。
そう思うと、ひとの出会いは奇跡的、そして必然的。

あのとき、じゃんけんで父は勝つことになっていた。
あのとき、2人は同じ船に乗ることになっていた。

そう思うと全ての出来事は最善に進んでいるとしか思えません。
一見、良いと思えることも、悪いと思えることも。
死ぬ直前に振り返ったら「ああ、あのときああなる運命だったんだな」と納得できるようになっているんだと思うんです。

だから、出会いを楽しんで。
これから起きることを不安に思わず、なるようになるんだと思って、信じて前進してみてね。
きっと大丈夫。出会うべくして出会って、ご縁が無ければただそれだけのこと。
全ては最善に進んでるから、まずは会ってみようね!